怪奇!都心のコインパーキングに現れた突然の枯山水

希望。

面接官の質問意図より掴みづらく、洗われる事を察知した犬のように追えば離れるでおなじみの希望。

 

その名を冠したパーキングにそれはあります。

これは現在の様子。

 

 

 

今からおよそ三年前、突貫でこしらえたような枯山水を発見しました。

白い玉砂利の中央で埋もれるようにしてそびえる犬歯の様な石、それらを堰き止めるレンガで組まれた囲い。

駐車場に恬として在ることも相まってか、眩しいほどのが表現されてます。

一切を欲しがっていないそのまっすぐな無垢が、却っていわくありげに見え、私は後ずさりながら、みだりに面白がっていいものではないかもなと、この枯山水に限らず、あらゆる事物事象との関わり方を見直します、と敬虔な態度にされていました。

 

 

それからしばらく経ち、付近を立ち寄る用事があったため鑑賞に向かうと

前回は四角っぽかったレンガの囲いが円形にたわんでいました。

そのせいかが玉砂利が若干なだれており、以前より間延びした印象に。

しかしよくもまあ、よりによってこのサンクチュアリの傍にメシのゴミを遺棄できるもんですな。と、うっすらゴミを捨てた者の身を案じていることに気づいた時、なにやら信仰の萌芽を自身の内に感じました。

祠や地蔵の成り立ち、有難がられ方ってこういう風にできあがるのでしょうか。

 

糞するな看板もパーキング内にはあったことですし、もしかした治安維持を目的に枯山水は設置されたのでは?などと身勝手な憶測は立てますが、それ以上の調査能力は私にはないので謎は謎のまま放っておき、

 

 

約半年後、枯山水のことなどもう忘れていたのですが、久々に付近を通りかかった時思い出せたので立ち寄りました。

レンガが一個無くなってらぁ、とこの時は思ったのですが、家に帰って以前撮った画像を見返していると、囲いのレンガの個数は変わっておらず、ただ広めの隙間が生じているだけでした。

 

それから二ヶ月後

個数に変化はありませんが、ひとつはむこうに倒れており、レンガ同士の間隔も目立っていて、囲いとしての機能は気休め程度にしかなっていませんでした。

しかし、自然と均され低くなった玉砂利の真ん中であっても、未だ屹立するあのでっけー犬歯、倒れてませんよ。底面がしっかり平たいんでしょうか。

 

 

そしてときは流れ 2022年3/30日

ついに決壊していました。

馴染むわけもない都市の狭間へ急に挿し込まれたにも関わらず、そのミスマッチに引け目を見せないどころか、いっそうの聖性すら放っていた枯山水が。

一体こんなことしたのは誰山水?(だれさんすい)

選択範囲の境界線の如く並んでいたレンガの囲いは、破られたことでは全体に適用されてしまいます。

しかしこの世界には虚を全体適用出来るほどの処理能力はないです。つまりすべてが固まってしまいます。となればもう再起動以外の手立てはありません。

もう手遅れですよ、さようなら。

 

 

 

そして昨日。

用事のついででもなんでもなく、ただ枯山水を見るためだけに駐車場に向かってみると。

直ってました。

どこかの天才プログラマーが閉じてくれたおかげで再起動せずに済んだようです。

日々、己の預かり知らぬところで、兆しは現れ、そのたびに防がれ、この繰り返す拮抗の元、日常は紡がれてるわけです。

私たちは自覚もなく、誰かをおびやかしもするし、自覚もなく誰かを救っていたりもしているのでしょう。

私はこの枯山水に干渉したくないため、壊すことは勿論、直すこともしません。

今まで通りただ見守ることだけを続けます。

 

じゃあの

 

バイバ~イ!