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我々が散歩をしていて妙に惹かれるものって何でしょう。
例えばこのような何も使われない余った部分であったり、
何かの残骸でありながら捨てられずなぜかそこにあり続けるものであったり、
または朽ち果てて使われなくなった何かの跡地とか、
または、このような町の風景とは無関係に表れるの唐突な異物など。
生活者である人間の都合に合わせて本来無駄がなく効率的であるはずの街中にあって異彩を放つアウトロー的な何かであったりすることが僕は多いように思います。人間の意図の範囲外のはずれ者といいますか。皆さんはどうでしょう。
人間の都合や意図をまったく無視して人の生活圏に存在するのものといえばあとは植物でしょうか。改めて街中の植物をつぶさに観察してみたときに、植物ってのは人の都合などお構いなしで、そしてまた人の生活圏に近いところで自由に街中を生きる非常に見ごたえのある存在だなあとそう思えてきます。
植物それ自体にも面白さはありますが、例えば反射板の背後で、TV中継の野次馬のようにポーズを取るミカンとかいいですよね。これは共存の例と言えましょうか。
しかし大半の植物は自由気ままに生きていますからそうもいきません、
地中に埋まっていた配管を地表に引っ張り出した男らしい樹木とか、
等間隔に同じような植物を植えたはずなのに一箇所だけなんか妙なやつが混ざった植込みとか、
人の都合お構いなしで歩道のど真ん中ですくすく育った樹木など、我々の生活圏に近いところで育ったからこそこそ輝きを放つ植物の自由さは見ていてとても楽しいものです。
最近人の生活圏にある植物を観察する場合の視点として気になっているものが「同じ環境にあるはずなのに差が出た例」です。
どういうものかというと、
例えばこういうものです。同じ環境で育てられたにも関わらず片方は消失し、片方はすくすく育っています。何が明暗を分けたのか。
ただ、これは例えば風で折損したとか、車がぶつかって倒れたとか不運な外部要因にも理由を見出すことができます。
ではこれはどうでしょう。同じ条件のはずなのに片方だけがススキに妙に人気のある木です。外部要因があるとしたら些細なことなのかもしれませんが、どうしてここまで差がついたのでしょう、慢心、環境の違い?そこには専門化には分かる確固たる理由があるはずですが私は素人なのでわかりません。
最後はこちらです。この3つは同じ環境にありながらなぜ真ん中だけこうも人気があるのでしょう。レンガの微妙な加減で真ん中だけ若干水がたまりやすかった?周辺の建物の関係で日当たりがここだけ微妙に良い?
人間からすると誤差の範囲内、些細な違いかもしれない街中のちょっとした事が、そこで息づく植物によって可視化されているようで面白く感じてしまいます。
皆様もこうした「同じ環境にあるはずなのに差が出た例」を発見されましたら素人の研究社までお送りください。