壁の痕跡から考察するそれぞれの事情

ショートパンツに10センチほどのヒールを履いてピッタリとしたTシャツを好んで着ていた20代前半。夏になると湘南の海に出向き肌をこんがり焼いていた。わたしには所謂ギャルだった時代がある。

顕微鏡の絵柄のバンドTシャツを好んで着ている30代。ボサボサ頭にメガネをかけてギャルでしたとパソコンに打ち込んでいる現在。ギャルだった様子はおそらく見受けられないが、肌には以前に増してシミそばかすほくろの姿。あの日こんがりと太陽の下で焼いていたツケがきちんと回ってきている。

ギャルだった事実を隠すこともないし恥ずかしいと思うこともない。その時はそういう気分でそうだっただけで、今は違う気分だから顕微鏡のTシャツを着ているだけである。

ある日、昔からよく遊んでいる友人が20代の頃の写真を御炊き上げしたと話してきた。

もちろんわたしと一緒に遊んでいた写真も抹消したそうなのだが、なんで御炊き上げしたのか問うと「だって、子供に見られたくなかったから」とのこと。「わたしとの思い出は消し去りたい過去なのか?」と笑って聞くと「大丈夫。写真は御炊き上げしたけど心の中には残っているよ」と、すっかりお母さんの顔の友人はニヤニヤしながらそう言った。

過去をさらけ出せる人、過去を消し去りたい人、消し去りたい過去だけどさらけ出す人、消し去りたくないけど消すしかない人、過去との付き合い方は人それぞれである。

 

得意の散歩中に壁を観察していると、奇妙なものを見つけた。

なんだろうという思いでシャッターを押した。

なんだろうと考えたけど、なんだかよくわからなかった。

それからというもの、わたしは壁の一見なんだかよくわからないものが気になり、収集していった。

どれもこれもなんだかよくわからなかった。だけどよくわからないものも集めてみると見えてくることがあるもので、見えてきたことをまとめてみることにした。

そこで今回はよくわからない壁の痕跡を集めて考察したことを発表したいと思う。

なかったことにしたい

まず初めて気になった「これ」。元々は「これ」が人々に恩恵を与えていたと予測できるけど、

今は用がなくなりできれば撤去したいけれど撤去できなくて、仕方がないので目立たないように壁と同色に塗ってなかったことにしてみた!というのが多分「これ」が壁にある意味と経緯ではないだろうか。

こちらは一見逆さ絵みたいだがそうではない。不自然な位置の扉の横にある、やけに短い配管が現在使用されているとは考えにくい。こちらも撤去できないのだろうか。その代わりに壁と同じ色に塗られてなかったことにされている。

さらけ出せるかどうかは過去に限った話ではなくて、例えば薄毛である自分を気にしない人と頑張って隠したい人がいて、隠したい人はカツラをつけたりする訳だけど、この壁とカツラを被ってる人はきっと同じ穴のムジナじゃないかと思う。

わたしには左耳の軟骨にピアスの穴が空いている。所謂ギャルだった頃に開けたもので、昔は980円くらいの大きなダイヤ風のピアスをそこにはめていた。現在その穴に何かはめられることもなく、どうやら軟骨の穴は塞がってしまった。だけど、ここに穴が開いていたという痕跡は残っている。初めて見たこの壁も「穴、塞ぐんなら開けなきゃいいのに」と思ったが、壁には壁の事情があるのだろう。そしてこの壁とわたしは同じ穴のムジナだと思う。

 

何かあることを匂わせる

先ほど紹介した壁の痕跡からは「あったことを隠したい」「できればなかったことにしたい」ということが垣間見えていたように思う。一方こちらはどうだろうか。隠すというよりは「過去を修復したい」もしくは「前はそうでしたけど、今は違いますよ」という様に感じ取れる。こう見えて昔….ギャルでした(笑)とか、昔はヤンキーでしたけど….今3児の母なんです(笑)  とか、そういうカミングアウトしている状態とこの壁の痕跡は近い気がする。

こちらも「前はそうでしたけど、今は違いますよ」と言いたげだけど、先ほどとはちょっと違う気がする。

この壁の痕跡は、すごく地味だったりダサかった自分の卒業アルバムを公開して「昔の俺….これ(笑)」と自虐する人を連想させる。「(今は結構イケてるんだけど)昔の俺….これ(笑)」は、これである。

気がついたことなのだが、女性の場合「過去はブイブイ今は落ち着いてます♡」のさらけ出し方をする人が多い気がするけど、男性は「過去は冴えなかった俺だけど今はアッパーさ」と公言する人の方が多い気がする。

ところで安西ひろこをご存知だろうか。

彼女は全盛期の頃自身の顔ほどの大きなお団子ヘアをよくしていたのだが、あの大きなお団子を作るのに大切なポイントは髪が痛んでいることである。痛んだ髪は逆立てやすく大きなお団子を作りやすい。今の若者は皆髪が潤い艶やかだが、10年前の若者は髪の毛が痛んでいてもあまり気にしていなかったように思う。

たぶんこの壁は固定されていた何かを剥がした痕なんだと思うけど、模様のようでなんだか可愛らしいと感じた。痕跡を修復した方がいいのだろうが、このままでもいいかなと持ち主も思っているのではないだろうか。

ボロボロに痛んだ髪を逆立てておしゃれを楽しんだあの頃と重なった。

この壁はどうだろうか。もしかすると痕跡ではなく設計かもしれない。何かを隠しているようには感じない。今までの壁の痕跡は過去であるがこの壁から感じることは未来である。

 

過去は過去

今まで紹介した痕跡は「あったことをなかったことにしたい・隠したい・修復したい」を中心に紹介してきたが、これから紹介するものは「何かあったんだろうけど隠そうとしない」痕跡を揃えてみた。

ここにはポストか何かが設置されていたのであろうか。ニヤついた痕跡と目があった。

私が思うに自分のことを自らあまり話さない人はモテる。さらになにかありそうな雰囲気を出しておきながら隠したりさらけ出したりしないで自然体でいる人はそれはもうモテる。この壁の痕跡の魅力も通ずるところがあるような気がする。

飲み屋で隣に座ったやけに愛想のいいおじさんからは「そういう雰囲気」が感じ取られる。「たぶんそうじゃないかな」と気になりながらチラチラおじさんの手元を確認すると「やっぱりそうですよね」と、小指を見て静かに納得。はっきり聞いたわけじゃないけど、おじさんもこの壁も過去が特定しやすい。たぶんこの壁には過去に屋外給湯器が設置されていたのではないだろうか。

残された配管3本がニョロニョロみたいである。

 

おわりに

「なんだかわからない」で片付けてしまえばそれまでだが、見方次第で最初は見えなかったものが見えてくることもあるようだ。だけど「なんだかわかる」ものでも「なんだかわからない」こともあるようで、何故この温度計が壁に雑然と張り付けられているのかは私にはわからない。