崩されまくるタイ語と、それを利用し他国語に”擬態”するケースについて

กขคฆงจฉชซฌญฏฎฐ

ฑฒณดตถทธนบปผฝพ

ฟภมยรลวศษสฆฬอฮ

あとでめちゃくちゃ面白くなると保証するので、ひとまず上のタイ文字たちを脳みそに焼き付けてもらえないだろうか。お願いします。

では実際に見られるタイの看板はいかに???

どうだろうか。

おそらく字の同定に手こずったかどれがどれに対応してるかサッパリ分からん、という読者が大半のはず。実は、やんちゃ且つ柔軟に動くタイ文字フォント読み取りでは初歩中の初歩の段階だ。この方向でフォントがパワーアップし、日本語やラテン文字(ローマ字)を巻き込んで新たな視点が得られる例を順に見ていこう。

海外にいる期間が長いからか、街で日本語を見かけるだけで心がわき踊る。我ながらチョロいなと思う。イカつい神様よりも断然、外で見つける日本語の方がワクワクする。

それも日本人街ではなく、ごく普通に現地の人たちの生活が営まれている環境で見かける日本語は格別だ。

日本人街で見かける日本語はプロのそれだ。日本語としての自然さもさることながら、日本語がそこに集合していると、たとえ場所がバンコクで、しかも20メートル離れた地点でココナッツジュース売りのおじさんがいても風景に溶け込んでいる。

一方でローカルで見る違和感のある日本語には、アダルトビデオでたとえると”素人”っぽさがある。なんでこんなところに?と言う気持ちが生まれる。多くの人がこのジャンルを好むように僕も素人モノが好きだ。アダルトビデオ屋でアルバイトしていた時に気付いたのだが、夏になると素人ナンパモノの売れ行きが好調になる。常夏の国でいつもより素人っぽさを愛でるのも当然かもしれない。※注1

常夏、とは言い過ぎだが僕は今タイ東北部の中核都市・コンケンで留学をしている。

さてタイで使われている言語はタイ語だ。ラテン文字ではなく最初に紹介したタイ文字を使うのが特徴。

photo by タイ文字 – Wikipedia

全部同じやんけ!と言うなかれ。確かにタイ文字のดとค、บとป、ลとส、มとน、ณとญなど何が違うねんと言いたくなるが、よく見るとそれぞれが違う形をしている。ストリップ劇場で踊り子の陰部を続け様に見て、女性器といえど形は人それぞれと深く感動したことがある。その経験があるからこそ(?)、こうした文字の細かな違いを受け入れ、見分けることができているのかもしれない。※注2

話が逸れてしまった。3ヶ月ほどタイ語を勉強して思った。タイ文字の本質は丸っこい部分にあるのではないかと。これをหัว(フーア)と呼ぶらしい。กとธにフーアはないけど。

ソルティライチはタイ・チェンマイの家庭料理にヒントを受けて作られている。それとなくフーアのようなものが施されたカタカナに、正直なところ、タイ文字っぽさはデザイナーが思っているほど感じない。しかし、タイかどこか異なる文字体系の特徴が感じられてエキゾチックな飲み物だとは分かるだろう。

在住者はなぜかタイ文字をすらすら覚える。ソルティライチが日本で広く愛飲されているから…ではない。

しかし彼らはタイ文字の読解にかなり苦労する。なぜか?

タイ文字を読む時に我々を悩ませるのは独自の文字体系ではない。問題はフォントの柔軟さだと思う。

とめ・はね・はらいのエッジが利き過ぎていたり(左から4番目の文字はลです)

タイ文字の本質と僕が勝手に呼んでいるフーアがなくなっていたり。教科書のフォントで書くとเป๊ปซี่。外国人からするとタイ文字フォントの柔軟さは目を見張るものがある。のびのびしている。

では独自の柔軟さを持ったタイ文字フォントの世界に日本語が絡むとどうなるのか?

 

โดโซะ(どうぞ)

DOZOというフリガナから分かるように日本にあるお菓子を模している。”フのフと”に見えなくもないこのビジュアルのなにが面白いのか。
問題はタイ語の読みに関わる。โはoの母音で、ดはd、ซはsの子音を表している。タイ語にザジズゼゾに相当する文字がないのでsの音であるซを使っているのだ。意味の通らなさなんてどうでもいい。子音dを表す“ด”が全く無関係な平仮名“の”のようにデザインされている。

話はそれるが、海外での日本語観察というと、文法的におかしかったり、意味が通らなかったり、語法が不自然であったりなどに着目するケースが多い。路上観察の勃興という意味では面白いかもしれないが、陰湿さというか外国人が作ってんねんから別にええやん感もあって、それを笑うのは決して気持ちのいいものではない。少なくとも5年くらい外国語を勉強しても到底ネイティブのような自然さを出すことができない僕はそう思う。ほなお前は洗練された表現を母語以外で使いこなせるんか、っていう。面白さの鮮度で言うと2000年っぽい。2018年は2000年の脚注ではない。

なぜ僕がこれらを取り上げているのか。上の例でいうとタイ文字でひらがなの「どうぞ」に近づけようとする気が一切ない点に尽きる。

フォントをどうにかタイ文字として認知できるギリギリのラインでひらがなに近づけようというデザイナーの意思はつまるところ、外国語としての日本語を自然に書こうとするのではなく、タイ人だけでなく日本人にも手にとってもらう外発的な動機としてひらがなを使っている、と解釈できるのではないか。お菓子の情報を伝える道具は言葉ではなく絵で、手に取って買うまでの結果をもたらすのが絵ではなく言葉(フォント)という逆転現象には関心半分興奮半分である。(興奮しません?興奮しますよね?)

以後、こうした逆転現象を持つデザインを「ぽい文字」と呼ぶ。(記事内では1回しか使う予定ないけど)

ハッシュタグでツイートしまくってください。

 

ムエポヨラタムナ

在住日本人の間でなかば伝説的な扱いをされているムエポヨラタムナ。元はタイ文字ではなくラテン文字なのだが、日本人が手に取るような動機付けとしては強いので紹介したい。なんと読むか?ヒントは左上にある。

これ、元はLIME(ムエポヨ)SOLT(ラタムナ)と書かれているのだ。ポとラに無理矢理感は否めないが、いずれにせよ買ってしまう。我々は掌で踊らされている。

兄弟分であるこいつもPINモタアアレモに見えないこともないが、正式名称はPINEAPPLE SOLTである。タイ文字フォントを自在に動かす天才がバックにいて、日本人向けにデザインするノウハウがどこかで蓄積されているのかもしれない。アッパレ。

 

カラムーチョ、その他

他の事例を挙げるとカラムーチョのフォントはこうなっている。ムーチョ部分の頑張り方が必死でいい。たぶんคารามูโจ๊。奇しくも”ム”にも見える部分はmの子音”ม”で、その下の伸ばし棒”ー”っぽいのはuの母音”ู”である。もはや芸術だ。

フォントで寄せようがない文字配列、例えばトッポなら็部分のうねりが生かしやすい方の英語フォントデザインを採用している。確かTOPPOのTが波立っているデザインとそうでないデザインがあったはず。意図的に前者をパッケージに選んでるのだろう。

フーア(タイ文字の丸まってる部分)こそがタイ文字っぽさと述べたが、ハングルも丸の存在感が大きい。韓国製品とタイ文字は相性がよく、韓国のりは上のように表記されている。かわいい。曲線的なタイ文字を直線的に書くことでよりハングルぽさを出しているのもミソ。

タイ人がタイ文字フォントを自由自在に操るのは上の通りだ。

では日本人がタイ文字フォントを操るのはソルティライチ以外に不可能なのか。答えはNO。多くの日本人がタイ料理屋でなんとなくタイ文字は知っているけど、読み書きはできない。そういった日本人一億総タイ文字素人童貞であることを逆手に取ったデザインが大内治著『タイ・演歌の王国』だ。

photo by タイ・演歌の王国

素人タイ文字童貞には見分けがつかないのだが、こちらの本には存在しないタイ文字を使っている。

下線部の文字に注目してもらいたい。

THAI:ENKA NO OHKOKU

元々のタイ文字でラテン文字(abcとか)に似ているものはそのままで、下線部一瞬タイ語か?と思わせといて全くタイ語ではないというトリッキーさ。「タイ」をタイ語で書くとไทยなのだが、完全無視でThaiに見えるように書かれている。後述するがaっぽく見えるのはタイ文字の子音”l”を表すลである。

 

鬼門・レイズ

レイズと言えばアメリカのお菓子メーカーであるフリトレー社(Frito-Lay)が販売しているめちゃくちゃうまいポテトチップスだ。フリトレー社のポテチということでレイ’s、安直だがそれがいい。(画像はアメリカに留学している友人からの提供)

日本だとドンキホーテやカルディコーヒーなど特定店舗でしか手に入らないイメージがあるが、タイではだいたいどこのコンビニでもレイズが大量に売られている。

ここまで読んでいただけた方なら、これを英語話者向け「ぽい文字」と呼ぶにしては、Lay’sを模すクオリティが高すぎると思うかもしれない。ではなぜ高クオリティなのか詳しく話そう。

先ほど、大内先生の『タイ・演歌の王国』の存在しない和製タイ文字に紛れてラテン文字aの代わりにタイ文字の子音”l”の字ลを使っていると紹介した。しかしlの音であるลはアメリカで買ったレイズでいえばLの位置にない。

つまりラテン文字のLであるところをタイ文字でeの母音เを使用し、ラテン文字のaであるところをタイ文字でlの子音ลを使用することで、確かに読みは”レー”であるものの実は我々がlと思っているものはeでaと思っているものがlという不思議な事態になっている。ニューハーフに掘られる、みたいな感じだ。(たぶん違います※注3)

ここは飛ばしてもらってもいいのだが、Lay’sのy’部分についても工夫がなされている。

タイ文字でเลยではなくเลย์と書かれているのがポイントだ。タイ文字は子音字の上下左右に母音記号がくっつくことによって、初めて音ができあがる。例えばLの音であるลだけで用いることはなく、ลาならラー、เลならレー、โลならローとなる。

ではเลยはどうなるのか。レー+ย(yの音)だからレーイ…とはならない。実はเ-ยで1つの複合母音として扱われ、音はオーイ(厳密にはなのだが、この記事が掲載されているサイト名は素人の研究社だし、文章の流れが淀むので堪忍してください)に近くなる。だからLay’sのタイ語版でเลยとしてしまうと音にズレが生じてしまう。そこで登場するのが黙字記号の์だ。この記号が子音字の上にあることで発音しないと見なされる。であるからして、Lay’sの音に近づけるにはเลとだけ書けばいいところにย์を書き足して、黙字記号にLay’sのクオーテーションマークの役割を担わせているのではないか…とも思った。実際は外来語をタイ文字で表記するときの規則も関係してそうだが、調べたところ予想以上に難しかったので読むのを途中でやめた。もう一度言うがこのサイトの名前は素人の研究社だ。

さあ、ここまでタイ文字フォントを見てきたがストックが切れた。僕のタイ留学も年内までで、来年からはベトナムでインターンシップをする予定だ。

思い出した。こちらは2年前、ベトナムに留学していた際に購入した岩井俊二『ラブレター』のベトナム語版だ。”てみんなんみ”とも見えるこの奇妙なひらがなも「ぽい文字」である。ラブレターはベトナム語でthư tìnhだ。”てみんなんみ”はthư tìnhの縦書き、2年越しで謎が解決した。この難解さは決して岩井ワールドと呼応しているのではない。他でもない「ぽい文字」ワールドの賜物である。

 

※注解説

WiFiがないアパートに住んでおり、成人向け映像を3ヶ月ほど見ることができませんでした。こうした比喩を引き合いに出したからといって私がど助平な人間であることの証拠にはならないのでよろしくお願いしたい。ここまで読んでくれた人は好きです。