ベトナム・ホーチミン市のプロパガンダポスター、目の描かれ方が違っても伝わる内容は同じか?

もしプロパガンダポスターに描かれる人がいやらしい目つきだったら愛国心は鼓舞されるのでしょうか。

鼓舞されるはずがありません。有事にあっても、昨夜最後のつもりで抱いた恋人を思ってぼーっとしている人間が1人いるのはリアルですが、理想を描くポスターにそんな生ぬるい人間は必要ありません。全員が真剣なまなざしで前を向いてます。それぞれの目つきがどうであっても何か思いを抱えているはず。

photo by eye eye | amanda kelso | Flickr

ところで私が20歳ではじめてベトナムに渡ったときに、黒目しかないタイプの男性をプロパガンダポスターで見て「口角はしっかり上がっているけどこいつは絶対にスケべだ」と思ったことがあります。エロい目つきの男なんてポスターに存在するわけがありませんが、外国人なのでそう映ったのです。堪忍してください。しかし4年経った現在、彼はむしろ性生活に淡白な方で、しかしながら酒の好みにうるさいくらいの普通のおじさんのように映っています。こう感じた理由は感受性が豊かになったとかフィクションに多く触れたとかではありません。白目がないと何を考えているのかが読み取りにくいからです。

目の描かれ方によって、同じメッセージでも我々が受ける印象が大きく異なります。皆さんの邪な、いや無邪気な外国人としての視点からは真剣な彼らがどう見えるでしょうか。それぞれの微妙な違いをみていきましょう。

まず考察する目のタイプを以下の3種プラス1種に分類しました。

    1. 顔が平べったく目がぱっちりしたタイプ
    1. 黒目しかないタイプ
    1. 白目がある程度描かれているタイプ
    1. 例外:黒目の割合あるあるを活かしたデザイン

①顔が平べったいタイプ

鼻が広がっていて、あまり顔全体に立体感がありません。白黒であることもあいまってレトロに見えます。描かれているのは革命戦士でしょうか。

ホー・チ・ミン主席を紹介する記事でもアップしたポスターです。注目して欲しいのは僕をまっすぐ見つめているベトナム人民の顔。実に扁平な鼻です。

真ん中のアンジェラ・アキ風の女性が持っている薄い板にはBảng Tốt Nghiệp(卒業証書)と書かれています。卒業証書っぽく描くのではなく”卒業証書やぞ!”と書くところに芸術っぽさはありません。これがプロパガンダポスターです。

紹介できるのはこの2枚だけ。思い返しても全体をしめるレパートリー数は少ないです。
レトロでザ・ベトナム感もありながらプロパガンダポスター特有の「圧」は感じません。底抜けのテンションで語りかける社会主義ワード(建設、祖国、新しい農村、勝利、意思、実現、進歩、戦士、革命、団結、国土、代表大会、防衛、文明、全人民、成功、大成功…など)以外に何か要因があるのでは…

黒目の割合こそが圧の要因ではないでしょうか。続けて見ていきましょう。

②黒目しかないタイプ

ってなんだ?と思うかもしれません。人間には白目がありますから当然です。

こういうのです。黒目の割合が多いので眼球の見えてる面積が大きいのに細目に見えます。
6月28日ベトナム家族の日をお知らせするポスター。厳密には政治思想を主張するポスターとは絵柄は異なりますが、比較のため重要なので紹介しました。実は冒頭で紹介したエロそうな目つきの男性はこの方に似た人です。なぜ二十歳の私はそう思ったのでしょうか。謎です。

家庭内暴力はダメですよ、の勧告(右下)
そうですよ、こんな幸せな家庭に暴力なんてあったらダメですよ…

独立70周年

南北統一40周年のポスター
セーラー服の帽子のところにHải Quận Việt Nam(ベトナム海軍)と書いてます。書かなくても分かるのに。

文明的で現代的なホー・チ・ミン市を作る!

賑やかでいいですね。左から学生、公安、工員、子供、派手な女性、ビジネスマン、笠をかぶった女性とバラエティ豊かでベトナム人全体を描いていると言えるでしょう。派手なおばさんは聖母道(という民間の宗教)の女神か?とも思いましたが、Giáo Án(教科書)と書かれた本を持っているので先生としておきます。バイク社会ベトナムで頭部の装飾はヘルメット被れないからミスマッチだと思うんですけどねえ…

学生、公安、先生については服の書き方がプリズムみたいでちょっと見ながら不思議な感覚になりました。

ちなみにこちらがハノイ市・女性博物館で撮影した聖母道の写真です。上のポスターで描かれている派手な女性に似ていませんか?

こちらも黒目の割合が多い人民たちの看板です。顔ぶれはだいたい同じで大きめのピアスをしている女性は少数民族か何かでしょう。

皆さんはお気付きですか?社会主義プロパガンダポスターの「圧」の正体が何なのか。
黒目がベトナム絵画の伝統を引いているのかどうかは分かりません。街を歩く素人の外国人が思うに黒目人民にはどことなく生気がない。口元に動きがあってもどうもプレハブの笑顔、掲げられている言葉はハリボテの思想、最後のポスターはフォトショの匂いがする高い彩度、全てが人工的です。

それこそプロパガンダポスターがプロパガンダプロパガンダしてるゆえんなのかもしれません。しかし僕はベトナム人ではありませんから、この「圧」は他人事なのでキッチュな趣味として消費できるのです。好きです。大好きです。超愛してます。

③白目がある程度描かれているタイプ

とはいえ、大きく経済成長しているのが肌感覚でわかるホーチミン市にキッチュな黒目ポスターだけが跳梁跋扈しているわけではありません。ちゃんと白目が描かれているポスターもあります。そんな分かりやすいコントラストで埋め尽くされている単純喜劇などフィクションです。

全ては祖国ベトナムの社会主義を守るために、と軍人たちが同じ方向を向いて勇ましい顔をしています。ここにプロパガンダポスターの暑苦しさはあっても「圧」はありません。単純にかっこいいだけです。

躍動感はあまりないですが生気はあります。目標に向かって邁進するというよりもホー・チ・ミン主席は永遠に!といった内容で穏やかな雰囲気。

ええやん…!!!

ええやん…!!!

白目があってもめちゃくちゃええやん…!!!

白目が描かれた瞬間に生気を感じて、ポスターとして新しくスッキリした印象があります。この種のポスターが新しいもの
収集した数もこのタイプが一番多く、これからも増えていくと予測しています。この人間らしさがより機能していくとどうなるのでしょうか。

???

photo by 課長 島耕作 Age34to38 アンコール刊行!!! (講談社プラチナコミックス) | 弘兼 憲史 |本 | 通販 | Amazon

課長島耕作っぽくありませんか???

プロパガンダポスターから理想や向かうべき国家像だけを受け取れるものと思いきや、人間らしく描かれたがゆえに「もしかして部長夫婦とスワッピングでもしてるのかな?」とも思わせてしまいます。前回のホー・チ・ミン主席だけ見ていては気づかない視点でした。

例外

カフェのトイレで見たコーヒーの大会のポスター。
太陽をコーヒー豆に置き換えて、軍服の色と合うようなカフェエプロンを描き足して、武器と思わせといて焙煎機に置き換えています。これだけなら単純なあるあるネタとして面白いのですが、店員に白目がないという一点でよりプロパガンダポスター風になっていて芸が細かい。

プロパガンダポスターを面白いと思うのも(僕のことです)、不気味と思うのも(僕のことです)、不気味だからこそ興奮すると思うのも(僕のことです)、ダサいなあと思うのも(僕のことです)人の感性。ですが各自の感性がどうであれプロパガンダポスターに黒目は欠かせないのではないでしょうか。黒目が欠かせないというか白目が欠けてるんですけど。

プロパガンダポスター、どの角度から見ても面白い。