nottawashi
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魔法陣だと思った。
それほど珍しいものでもない。ぼんやりとだが子供のころに珍しがってはしゃいだような記憶もある。なるべくわかりやすい写真を選んだので説明はいらないと思うが、念のために書いておくと、日光が反射して路上に丸い光の輪ができていて綺麗だという話だ。
路上観察は面白い。しかし自分にとって何番目の存在かと言われると言葉に詰まってしまう。私は本物ではないので他に楽しいこと、例えばこれから食べに行くおいしいごはんのこと、観に行くのが楽しみな映画のこと、一緒にいく素敵な人のこと、そんなことを考えていると路上にある些細なものたちのことなんて忘れてしまう。
ほどほどに退屈で、人生がうまくいってないときほど、路上観察がうまくなる。ただしほどほどじゃないとそれどころじゃなくなってしまうはずだ。
路上に現れる光について気にするようになってからはすぐに次を見つけることができた。
店舗の片隅に隠れるようにして存在していたそれはかなりサイズも小さい。
こういった収集物には何か気の利いた名前をつけることで愛着が沸くのだけど、うまいものが思いつかない。当初は「路上魔法陣」と呼ぼうと思ったのだけど、ちょっとかっこつけ過ぎていて恥ずかしい。できればもう少し間の抜けた名前がいいと思って今も考えている。
光の正体、反射しているらしき場所に手をかざしてみる。こうして床にある光に変化が現れれば予想が当たっていたことの証明になるだろう。
このときは予想通り、手の形の影が輪を邪魔した。
こうして正体を確かめる遊びができるのが、他の収集物とちょっと違っているところだろう。手をかざす前に何が正体なのか少しだけ考えてみるのも楽しい。
正体がわかりやすいものばかりではない。次の写真はつかみどころがなく、かなり難儀した。
道の中央に現れた帯状のもの。
少しだけオレンジがかっているように見える。
駅から近いので何人もがその上を通ったが、まるで何も存在しないように振舞っていた。
帯をまたいで立ってみる。影ができたので右側から光が着ていることがわかる。
この写真を撮ったのは冬で、コンクリートみたいな色のコートを着ていたせいで、身体が透けているみたいになってしまった。
別の日の写真だ。
前回発見したときよりも少し遠くまで伸びている。
写真左側に写っているチェーンじゃないかと思って触りにいったが帯に変化はなかった。
じっと地面を見つめ、あたりを見回して、チェーンに駆け寄る。一見奇怪な行動でも本人には明確な論理があって動いているものだと、奇怪な行動をする側になって改めて実感する。
手に茶色の液体の入ったビニール袋を持って道行く人の後ろを50mほどついて行っては引き返していたあの日見たおじさんにも何か論理があって動いていたのかもしれない。
ちなみに帯の正体は高架のふちだった。おじさんの正体はわからない。
あたりに光を反射しそうなものや銀色のものがないか探し回っても見つからず、最終的に光の当たっている場所になるべく顔を近づけて、光が来ている方向に目を向けることでどうにか正体を突き止めることができた。どういう姿勢だったのかは考えないでいただきたい。
路上に横断歩道のような模様ができていた。
これの正体は非常にわかりやすい。銀行の窓である。
きちんと等間隔につくられている窓が放つ光も同じように等間隔に整然と並んでいた。
こうなるともはや説明は不要であろう。
「電話ボックスの中に入ったら、電話をしている人の影ができないかな」と思って試したみたのだけど、まったくうまくいかなかった。よく考えたら光が反射しているのは電話ボックスの外側なのだから、内側に何があっても光に影響を及ぼすことはないのだ。
「自分が一番近い位置にいる」と自負している母親と思春期の息子のような関係性だ。遠くで歌っているブルーハーツの方がよほど強い。
ここでひとつ変わり種を紹介したい。
わかりにくいと思うのでさらに寄ってみる。
さてこの光、一体何がどう反射してできたものかわかるだろうか。
私はこれの正体がわかったとき「ふふっ」と笑ってしまった。
角度を変えてもう一枚。
光の中に何かが見えてこないだろうか。
わからない? そんなはずはないのでもう一度よく考えてほしい。
梅沢富美男をテレビでよく見るようになったのはテレビ局がおかしいんじゃなくて、世間の主流派がもうそっち側にいってしまっているだけだと気付いてほしい。
そもそもテレビ的なものが俺たちの味方だったときは少しでもあっただろうか。好きな番組が2、3個あっただけで、主流派はいつだって富美男だったとは思いませんか。
これらのことを完全に忘れてもう一度写真を見て、これの正体が何か考えてください。次の写真が答えです。
「歯科」でした。
ビルの窓に反射した光の、文字の部分だけが影になっていたのだ。
このパターンはまだこの一度しか出会えていないけれど、窓に名前を書いてあるお店や事務所は珍しくないので、同じように文字だけ影になっているものも収集できる。
米花町のどこかには「毛利探偵事務所」がつくる影も存在するはずなのだ。
これも正体を見つけるのに(なぜか)手間取ってしまった。
かなりくっきりと浮かび上がっているので、簡単に見つけられると思っていたのだけど、ちょっとしたひっかけに遭ってしまったのである。
光の中に立ってみたが、なぜか影はできなかった。
周囲を見回してみると、明らかにそれっぽい何かが遠くの方で光っている。
それっぽい何かはカーブミラーだった。
しかし様子がおかしい。ミラーは後ろを向いている。確かに背中は銀色で光ってはいるけれど、あれほど遠くにはっきりと光の模様を描くほどの強さではない。「背中で語る」なんて芸当ができるのは豪鬼くらい強い奴だけで、それ以外の凡百はせめて言葉を尽くさねば何も伝えることができないのだ。
特に必要のない写真ですがかっこいいので載せておく。
じゃああの光の正体は何なんだ、と思って振り返ったらすぐにわかりました。
あるじゃん。カーブミラー。しかも二個。
なぜか視界に入っていなかっただけで、光のすぐ真上に正体があった。
タイミングによってはこのミラーふたつが光を放っている光景も見られるのだろうか。
最後にもうひとつだけ。
自動販売機だ。足元に注目していただきたい。
光で枠ができているのがわかるだろうか。
この自動販売機でジュースを買う人は、意識せずともこの枠の中に立つことになるんだな、と思うと少しだけおかしかった。